学生時代(1988年)にインド、ネパールへ約1か月間、旅行しました。 その頃に流行りつつあったバックパックの旅です。 今ほど知られていなかった「地球の歩き方」を手に入れ、それを参考にして格安航空券を買いに行ったHIS(仙台支店)は現在のように有名ではなく、マンションの暗い一室で若い女性店員ひとりで営業しており、大層 心もとない思いをしたことが今も強く印象に残っています。 当時、学生は誰もクレジットカードなど持っていなかったので、旅行前にトラベラーズチェックを購入して(盗難時のために)ナンバーを寝袋の内側に控えとして書き写したりもしました。当然、携帯電話はなく、帰国の飛行機に乗る前にリコンファームと呼ばれる確認の電話をするのも一苦労だった古き良き (?) 時代のことです。

サダルストリートの安宿前で偶然に見掛けたサーカスの練習



 旅行中の食事は、インドのカルカッタでは安宿で知り合った仲間と一度だけ中級ホテルに行き、日本のインド料理店で食べるようなカレーセットを食べた以外は、サダルストリートという安宿が集まった路地周辺の現地客が大半を占める安価な食堂で、お世辞にも美味しいとは言えないカレー三昧の日々が10日以上続きました。滞在何日目かに、食事と一緒に頼んだラッシーがバケツに汲み置かれた水でダヒ(ヨーグルト)を希釈して作られているところを目撃し、それまで生水を控えていたのが馬鹿らしくなったことを覚えています。

サダルストリートの少女(管理人 作)



 旅も中盤に差し掛かった頃、ネパールの首都カトマンズからポカラへ向かうバスが昼食休憩で立ち寄った街道沿いの食堂で、人生初となるネパール定食(ダルバート)を食べました。鶏の入った大きな籠やロバを連れ込む乗客もいる のどかなローカルバスが立ち寄る安価な食堂でした。それまで食べていたインドのカレーとは まるで異なる優しい味わいに感激しました。到着したポカラではダルバートを食べる機会はありませんでしたが、帰りのカルカッタへ向かうバス旅でも行き同様に街道沿いの食堂で昼食にダルバートを食べ、その美味しさを再確認しました。

運転手の居眠りで路肩にはまってしまった帰りのバス(ポカラ発カトマンズ行)。私も寝ていた


 夕刻にバスはカトマンズに到着しました。すると、夕食にも またダルバートが食べたくなってしまい、近くにいた現地の人に尋ねました。その現地人は親切にも少し離れた食堂まで私を連れて行ってくれ、無事に美味しいダルバートにありつくことが出来ました。

 私にとってのダルバートは現地の食堂で食べた素朴な味です。「長粒米」、「薄味のダルスープ」、「ホウレン草の炒め物(サーグ)」は外せません。そして、それらを混ぜて食べたときのハーモニーが素晴らしいのです。日本では、なかなか記憶の中にある素朴なダルバートには出会えません。それだからこそ、ダルバートを出す店があれば行ってみたくなるのだと思います。

旅の途中で出会った子供たち。服はヨレヨレだが、眼差しが鋭く生き生きしているのにのに驚く



 一方、南インドには行ったことが一度もありません。それでは、なぜ「ミールス」も本ブログで取り上げるのか?

 私は、成人して以降、仙台、東京、福島、埼玉、そして京都(計16か所)に住んだことがあり、その地のインド料理店にはかなり通いました。そういった中で「ミールス」を食べられるお店に出会い、「ミールス」にはダルバートと似た 混ぜ合わせのハーモニーがあることに気が付きました。

 私の中での美味しいミールスは、今は閉店してしまった有名店「ダバ・インディア(東京・八重洲)」のそれです。見た目が彩り美しく、一品一品が丁寧に作られていることがわかると共に、混ぜ合わせて食べると非常に繊細なハーモニーを奏でるのです。さらに、すばらしい雰囲気も相まって忘れられません。何回も訪れましたが、沖縄旅行から埼玉へ帰る道中、疲れているにもかかわらず羽田空港から直帰せずに家族共々 立ち寄ったといえば 如何に気に入っていたかが分かっていただけるかと思います。

 ということで、住んで2年になる京都でランチに「ダルバート」と「ミールス」を食べることが出来る食堂をこのブログでは紹介していきたいと思います。


【プロフィール】
・1962年生まれ
・趣味:低山逍遥、渓流釣り
・本ブログ以外に健康情報を発信するブログを運営